モトコの迷走日記

迷走:定まった道筋・進路を通らず不規則に走ること。

水彩画完了。読書遂行中。最終任務は読書感想文。

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↑夏休みの課題。

「荒川図画コンクール」に出します。

 

書いてあるのは彩湖(さいこ)と

幸魂大橋(さきたまおおはし)。

荒川は彩湖の向こう側でこの地点からは見えない。

荒川か彩湖の見える風景ならOKということで、

子どもはここ何日かずっと描いていました。

 

外で描くには暑すぎるので

風景を写真に撮って、

それを見ながら描く。

 

子どもは絵を描くことは好きなようで

今までにも何回かコンクールに出して入選したことがあります。

 

描いているのを見ていたら

「いいなあ。私もやりたいなあ」と。

私は元々美大を受験する人だったので

今でも、当時使っていた鉛筆箱とか画材セットが残っています。

 

絵の具は準備と片付けが面倒なので

数年前までは色鉛筆で野菜などデッサンしていたけれど

やはり水彩の優しい感じ、

色を重ねるごとに表情が変わる感じなど

癒されます。

 

去年、草津片岡鶴太郎美術館に行き、

色がきれいだったことを思い出しました。

墨で形をとって、彩色するという感じ。

色の濃淡、思わぬ色選びの鮮やかさが印象的でした。

 

よくみると、絵の上に色紙を細かく刻んで貼ってあるものもあり

やってる本人の楽しさが伝わってきます。

 

ミュージアムショップで

鰹の絵のメガネふきを母へのお土産にしたのですが、

実家に帰ると、それが額に収められていました。

メガネ拭くもよし、

額縁に入れて飾るもよし。

 

水筆を買ってこようかな。

柄の部分に水を入れて使えるので、

筆洗不要で水彩ができます。

お手軽。

 

そんなことを考えた木曜の午後。

 

夏休みあと一週間。

残る宿題は、読書感想文。

もう少しで読み終わるって言ってたな。

 

だりィー( *`ω´)とか思ってました、

私も、子供の頃は。

今は、読むのも書くのもそれほどだるくない。

書くことは、

道を作ったり

家を作ることに似てる。

人は変わる。

 

変わらなかったり、

変わったりです。

頭と心が一致しないということ

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子どもが、夜寝る前に吐いてしまう。

2日連続でそういうことがあり、

私は「子どもの本当の危機」を自分が作っているんだと

やっと認識することができた。

いや、わかってるつもりではいたんだ。

認識レベル、下の下。

 

最初はコロナ!?と思ったが

熱なし、咳なし、倦怠感、味覚の違和感もなさそうだし、日中は元気。

汚れた毛布を洗いながら

「これで家族全滅か」という思いもよぎったけれど

そうじゃない。

 

夏休みが終わったら、

ママはまた仕事を始めようと思うと子どもにも話していて、

子どもは「留守番をしないといけなくなるのか」と不安になり

(以前は学童に行っていたが、私がフルタイムの仕事を辞めたので退所した)

その不安が解消されないストレスが

体の不調になってあらわれたんだと思ってる。

 

あなたの下校時間までに帰って来られる仕事しかしない

と話してはいたけれど、

(それで自分ではケアしてるつもりだった)

そういう態度は、子どもにとっては確証がなく

不安をくすぶらせるだけだった。

(子どもはいろんなもしもの場合をたっくさん考えてしまう)

結局私がやってることは

悪い細胞を中途半端に取り除いて、

残った細胞が増殖すると

また下手な手術を繰り返す感じだ。

手術痕を増やしてばかりだ。

 

子どもは

「もう6年生なのに留守番できないなんて恥ずかしい」

「ママは仕事したいのに、自分が足枷になっている」

「もっとしっかりしなくちゃダメだ」

という思いが相当強い。

「だけど心がいう通りにしてくれない」と言う。

言いながら涙が止まらないので、ティッシュをたくさん渡す。

ごめんね。

本人が言うんだからそうなんだ。

 

今までの、自分の言動を振り返ってみる。

やり直したい...

「悪意のない、中途半端な言葉が人を傷つける」って

どこで見たんだっけな。

 

少しづつ鬱になっていく人。

その心の苦しみが一体どのくらいのものなのか。

頭と心が拮抗しているうちは

普段は元気に見えるんだろうな。

その元気が本物なのかどうか、

一緒に生活していてもよくわからなかったりする。

母親なのに

対処がとんちんかんなのもいる。

 

一番身近な人がとんちんかんなのは

本人は相当に苦しいはずだ。

苦しみをわかってもらえないというのは。

 

登校拒否とか

性同一性障害とか

依存症とか

 

頭と心が一致しないというのは

私が考えてるより

もっとずっとずっと苦しいことなんだとわかった。

わかったって言ってもね、

どんくらいのもんなんだか。

 

そもそも

私が勝手なのかな。

仕事したり、辞めたり。

いやそれは他の人もするよね。

誰のせいって考えるのはよそう。

 

子どもが「セラピーを受けたい」と言っていた。

「何か僕が納得できるようなこと、聞けたらな」と。

気持ちはわかる。

まだ前向きなエネルギーがある。

心療内科ってよくわからないし、

「納得できるようなこと」を言ってくれるなら

医者じゃなくてもいいんだけど、

スクールカウンセラーに会ってよかったと思ったから

探してみる。

 

「こころ」優先で。

新聞におばあちゃんのことが載っていた。

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8月15日を終戦記念日としているのは

日本くらいですか。

アメリカをはじめとする多くの国は

9月2日だそうです。

 

戦争体験者にとって

それぞれの終戦はいつを指すのか。

 

玉音放送が流れていた頃、

うちのおばあちゃんはまだ満州朝鮮半島にて

本物のサバイバルを決行中で

帰国できたのは翌年1946年。

一括りに決められない、個々の終戦の日があるように思う。

 

地元の信濃毎日新聞

祖母のことが記事になっていました。

(母がLINEで送ってくれた)

母が参加している地元の歴史研究会の仲間ヅテに

そういうことになったそう。

 

リビングでいろんな記録や写真を手にする母の写真の隣に

21歳の祖母の写真。

うちのお母さんの若い頃に似てる!

そっくりすぎて若干気持ち悪かったが

そんなら私の成人式の写真とも似てるかもなw

 

若い時は祖母も可愛らしかったのだなと。

そしてこの娘さんが将来、

孫をいじめたガキ大将を引っ叩くわけですよ。

ばちーん!と。

 

私がうろ覚えでしかない祖母の体験が

細部まできちんとまとまっていて、

とてもクリアになった感じだ。

記者の人に感謝した。

 

取材元は母。

母は祖母の話を

いつからかノートに記録していたそう。

そう、それそれ、

私がやっとけばよかったと思ったやつだ。

母、抜かりないな。

感謝。

 

見出しは

「幼い兄2人 生きていれば...

生前の母から聞いた終戦間際の朝鮮半島逃避行」となっている。

 

祖母と同じような状況で

子どもを亡くした人は少なくないと聞く。

汽車の窓から赤ちゃんを投げたという話も聞いたことがある。

誰がそんなことしたい?

戦争や社会のひずみや、世の中の悪いものはいつだって

一番弱いものへ向かう。

 

記事は母の言葉で終わっている。

「戦争は人間の感情を殺す。

でなければ母は生きて来られなかった。」

 

わかったおばあちゃん。

まずは生きてこそだ。

心が折れたときは

必ずそこに立ち返ることにするよ。

手紙の束がその役割を終えた日

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長野の実家に帰省し、

今日戻った。

こんな状況での帰省はやや後ろめたく。

新幹線は空いていた。

 

2階の自室、クローゼットと棚の断捨離。

もう何も考えずに全て捨てようと思っていたのに

隅に積まれた手紙の束を無視できず。

 

小学校から大学時代まで。

ざっくり時系列。

厚さは20センチを超えるかな。

携帯が普及し出したのは

私が大学2年生の頃か。

デジタル以前。

手紙を書いて投函していた時代。

シビれる。

 

捨てる前にちょっとだけ見てみようか。

断捨離、しばし中断。

 

細かな字でびっしり書かれたハガキがあった。

同じような調子で書いたものがもう1枚重なっている。

2枚目の上には(つづき)と書いてある。

女子校の親友からで

1枚のハガキに書き切ることができず、

2枚目に突入しちゃったやつだ。

本人も当然書いている。

「私バカだなあ。最初っから便箋に書けばよかったよー」

異議なしだ。

だけど、切手をもう1枚余計に貼ってでも

書いてくれたその気持ちに

私は今でも感激している。

 

 

保育園から中学まで一緒で

高校時代は文通していた友達がいる。

恋の悩み、進路の悩み、くだらないことで悩んじゃうという悩み...

悩みつつも未来に向かう女子のエネルギーは眩しい。

彼女の手紙がダントツに多いけど

私も同じだけ書いてたはずだ。

何を書いていたのか、あまり思い出せない。

 

手紙と一緒に年賀状を

ここまで保存してあったのかと自分でも驚いた。

中学時代、私が教室で言ったしょうもないギャグを

「あれ面白かったね、来年もまたやってね」的に数人が書いている。

恐縮です...

 

忘れていた名前と顔が

火花みたいに蘇る。

人間はこれまたずいぶんといろんなことを

忘れながら生きてますね。

 

自分の呼び名が何パターンかあったこと。

その中にまったく由来のわからないやつが1つあったこと。

宛名の私の名前の字が、結構な割合で間違っていること(笑)。

接点なんてほぼないと思ってた人から

「このまえ手紙ありがとね」と返事をもらっていること。

大して会話した記憶のない人から

「昨年は君に大いに迷惑をかけてしまった。いやすまない。てへ。」

と、距離感のつかみにくい年賀状をもらっていること。

卒業して、上京して、近況を伝え合う手紙。

懐かしいクセのある筆跡。

おばあちゃんの手紙も。

「勉強に精を出してください」と。

 

とにかく、

私はこんなにいろんな人から手紙や年賀状をもらうほど

きちんと関わってきたのだっけ?

自分で書いた手紙のことは

ほとんど思い出せない。

私は書くことが好きだし、筆まめなはずだとは思うけど。

断片しか思い出せない。

 

蘇る記憶とともに

完全に忘れてしまったものもあることに気づく。

過ぎゆく時間というのはやはりシビアです。

 

一番下に

小学校卒業間際、

担任の女の先生に書いてもらったメッセージカードがあった。

自分から「一言ください」と頼んでもらったやつだ。

先生は英語の筆記体でちょいちょいっと書いてくれて

当時の私にはなんて書いてあるのかわからなかったが、

クールな先生に尋ねるのもダサい気がして

お礼だけ言って受け取った。

 

今ならわかる。

30年の時を経て、

今なんの妨げも無く

すっと馴染む。

ちょっと違うけど

おそらくはジョン・レノンの引用だということも。

 

そこにはこう書いてあった。

Count your age not by years, but friends.

(自分の年齢を数えてみて。年数じゃなく、友達の数で。)

盆栽美術館で閉幕式のことを考えた。

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↑盆栽というのは、やや下から見上げるようにして見るのが正しいそうです。

幹が隠れずにちゃんと見えるのが大事。見えてる方が正面。

で、こちらは時間的にどうしても逆光になってしまうのでした...。

夏空を背景にBONSAIシルエット。

 

大宮は盆栽の街だそうで。

真夏の盆栽たちは、

暑さがなんだ!という感じで、瑞々しく堂々たる佇まい。

葉の緑がきらきら輝くようであります。

 

ちょうど「企画展:夏休み子どもぼんさい美術館」というのをやっていて

それ用の「学習ノート」が用意されていました。

展示室の要所に設問があり、答えを記入。

うちの子はこういうのが好きなので、

答えを探してまじめに記入していきます。

 

盆栽と植木の違い、盆栽の見方、種類、などなど。

 

私は全く興味なかったけど、

子ども用の解説がわかりやすく、

「おじいちゃんの高尚な趣味」から

「センスを磨くアイテム」というイメージに変わり、

最終的には、盆栽の並んだ庭園で

「自分の推しボンを探す」という域まで来ることができました。

 

鉢からだいぶはみ出して、

アクロバティックなやつとか、

幹と緑のバランスが絶妙です。

クール。

 

で。

思いました。

 

オリンピックの閉幕式。

盆栽の国の人が

何でもっとエッヂの効いたパフォーマンスができなかったんだろうと。

いろいろゴタゴタばかりで

そりゃあ中途半端にもなるだろうが、

なかなか得られない見せ場に

残念無念。

 

だけど、コロナ禍のオリンピック。

どこの国も経験したことのない挑戦を

日本はしたわけで。

私は今までの人生、常に全てに「お手本」があったと気付いた。

 

これからはもう

アニメと盆栽だけはどうか負けないでくれニッポン!と、

微妙な感受性をなくさないでくれニッポン!と、

逆光になっちゃった推しボンの前で

願うのでした。

 

 

西日が暑いのでした。

悪ガキを引っ叩いてたおばあちゃんを思い出した。

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7年前に祖母が亡くなったのだけれど、

夏になるたびに、終戦記念日が近づくたびに、

祖母が体験した戦争の話を

もっと丁寧に聞いておけばよかったと思うのです。

 

満州から引き上げてきた話。

途中、子ども2人を亡くし、朝鮮の山に埋めてきた話。

少しでも先へ進もうと、線路を歩いていたら後ろから汽車が来てしまい...

どうして無事だったのか続きを忘れてしまったな。

ただ、汽車の話は祖母も武勇伝のように話していたので、

私と弟は「それ、スタンド・バイ・ミーみたいだね」と言って笑ったんだけど。

 

祖母の荷物を母と片付けていたら

祖父のウラジオストックからのハガキなど出てきて、

傷んではいたけど読むことはできた。

私は祖父の顔も知らなかったのだけど、

急に立体的な血の通った人物像を見たようで

自分は随分と家族の歴史を知らずに生きてるんだと

愕然とした。

 

検閲の判子。

それが、私が手に取って感じた唯一の戦争のリアルかもしれない。

 

 

うちの祖母は、私が子どもの頃は一人で雑貨屋さんをやってて

よく店のお菓子をおやつにくれた。

 

私が近所の子たちにいじめられて叩かれた時に

「おばあちゃんが怒ってきてやる」と

割烹着のままサンダルばきで走っていって、

その子を怒鳴りつけて引っ叩いてたことがあったな。

よそンチの子でも、容赦無く引っ叩く。

今ほど複雑ではない時代。

 

そんな祖母が

本当に歳をとって私のこともわからなくなっても

何だかじゅうぶんな気がして

そんなに寂しくなかったな。

 

おばあちゃん。

感染症のせいで、1年遅れでオリンピックが開催されました。

東京で。

今もなお、さらに深刻な状況。

全員が1年中マスクをつけてるって信じられる?

いつまで続くんだろうか。

 

あんまりぼうーっとしないで過ごそうと思うよ。

何かあったら、できればサンダルでなく運動靴で

走り出せるようにするよ。

 

あの時、おばあちゃんが相手を引っ叩いたのが、

今だって本当は正解なのかもしれない。

少なくとも私とあの悪ガキには正解だった。

それを心に留めつつ、

「正解のない時代」を

「共有の困難な時代」を

生きていくよ。

「スケルトン・キー」と「黒鳥の湖」を読み終えてしまった

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暑い。

暑いなあ。

 

子どもの頃、近所の公園にラジオ体操しに行くときは

確か朝6時半というのは、涼しかった。

学生の頃、「今日は30度もあるのか!」と驚いていた教授。

あれから時は流れて、もうそんなのたいしたレベルじゃないっす。

 

恐ろしや。

 

帰省した時用の読み物として、

ミステリーを2冊買ってあったんだが、

この暑さを一時でも忘れたく、

つい、読んでしまいました。

 

【スケルトン・キー】道尾秀介

こいつサイコパス、と思いきや。

途中からなんとなく漂う違和感。

意外な展開とともに納得できます。

あともう1ページ読んだら寝ようと思いつつも、止まらない。

まあ何にしても、

人は「自分のルーツを知っているかどうか」って重要なのですね。

自分はどこから来た何者なのか。

 

昔、子どもに「ぼくどこから来たと思う?」と聞かれ

「銀河系の遥か彼方」って冗談で答えたのはまずかったかな。

 

 

【黒鳥の湖】宇佐美まこと

これを原作としたドラマを

WOWOWプラスの1話無料でたまたま見た。

藤木直人主演。

過去に起きた猟奇事件の調査依頼を、

卑劣にも自分に都合よく利用した主人公。

いいところで終わってしまい、WOWOWの契約はせずに

原作本を買った(笑)

 

マイペースに読み進める所へ、

登場人物に対するイメージを

ぐいぐい誘導しようとする文章が、非常に説明的でうっとうしく感じた。

(そういうのは読み手が自然に感じ取るもんじゃないの?)

このキャラ絶対何かあるんだろうなと予感せずにいられない。

 

それにしても、

クライマックスを迎える前に、いろいろうっすら気づいてしまったのが残念。

本名とは別に呼び名がある登場人物は要注意だし、

女性に対して歪んだ妄想を持つ男は、

母親との関係に問題があるってのは周知のことだし、

別のジャンルでそれぞれ主人公に関わっている双子ってのも...

 

まあいろいろ、都合ありますもんね。

 

予想外のポイントはもちろんあったし、

物語自体は、過去と現在を行き来しながら面白く読めた。

 

ただ、

ホットコーヒーにポーションミルク入れても

そうそう渦巻きにはなりませんよって思った。

※CMで綺麗な渦巻きができるのは、

コーヒーのなかに機械を仕込んでるからだそうです♪( ´θ`)

そんなツッコミどころもありがとう。

 

 

というわけで。

帰省中のお楽しみのはずだったのに、

あっという間に消化してしまいました。

本当に飽きる暇のない2冊でした。

 

代わりの本を探すことにします。

断捨離でたまに迷う時がある

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本棚を整理した週末でした。

倉庫のような自分の部屋に

ニトリで購入したこげ茶の本棚(大きめ)があります。

入ってるのは本だけじゃないけど、

やはりキャパシティが増えると、中身も増えるのであります。

 

一応ニトリで購入したつっかえ棒してあるけど、

ほんとに地震の時耐えられるのかな。

扉ついてないから、本落ちてくるんじゃないかな。

 

本とDVD、CDなど「もういいかな」と思うものを出す。

ほとんどは一回読んで(観て)気が済んだやつ。

全く傷んでなくキレイ。

2回、3回と読んだ本は、この先も手に取る気がして残す。

ex)「神様のボート」江國香織

  「無情の世界阿部和重 ←クセ強すぎ。面白いからって人に勧めるとなんか誤解されそう。

 

英語の本は、いずれもやる気満々で買って、

めっちゃ使う場合と

ほっとんど使わない場合に分かれる。

相性ってある気がする。

使わなかった本は「もういいかな」のグループへ。

 

寺山修司の短歌集「万華鏡/カレイドスコープ」があった。

短歌の英訳も載ってて興味深く買ったのだけど。

「もういいかな」の方へ入れようと思った瞬間、

ちょっと中を開けてみた。

 

しばし寺山ワールドから帰ってこれず、

好きだと思ってた短歌も見つけちゃって、

いろいろ思い出し、ちょっと迷った。

 

こんまりさんは

「心がときめいたものは捨てなくていい」みたいに言ってたな。

寺山の短歌は「ときめく」って類のものじゃないけど、

んー、なんか、沁みる。

初めて手に取った時が蘇る。

取っとこう。

 

旦那や子どもの不要な本と合わせて

紙袋2つ分。

ありがとう本たち。

 

ブックオフにて8000円となりました。

DVDボックスが稼いでくれた。

 

本棚がスッキリした。

地震のことを考えると上の方はガラガラでも良さそう。

子どもの工作が収まる場所もできた。

 

実家。

そろそろ断捨離めいたことを

少しづつでも始めて欲しい気が、

正直してる。

 

足腰元気なうちに。

判断力があるうちに。

 

来週帰省。

今日の、ただの、日記

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マイナンバーカードの受け取り可能だよのハガキがきたので、

いろいろ用事ついでに区役所へ。

子どもと。

マイナンバーカードでいろんなことが一元化されて

スムースになるといいね。

だけど、受け取りは本人のみってことで、

だったら土日も開けてくれって思う人は多いだろうな。

 

区役所の下は図書館。

子どもがまず手に取ったのは

「ダニ」とでっかく書かれたダニ図鑑。

ダニだけで、一冊の本になるんだね。

オレンジ色のダニのページに釘付けだけど

私は遠慮しときます。

そのうちダニは棚に戻して、星新一の本を1冊借りる。

 

図書館を出て13時。

ロータリー沿いに行くとタリーズがあるけど混んでた。

そのまま駅まで来るとサンマルクカフェ。

ほどよく空いてる。

サンドイッチ、アイスコーヒー、

キャラメルスムージー(子供用)を頼んで精算した後で

「スミマセン...キャラメルスムージーなんですけど...20分ほどかかります」

なんて言われたので

アイスミルクティーに変更。

何かやんごとない事態が発生したんだろう。

 

サンマルクを出て郵便局。

 

その後駅ナカでベーグル屋の特設コーナーに寄る。

LINEの友だち登録で1個サービスしてもらう。

 

いつもの食パン1斤100〜200円。

このベーグル1個200円。

 

ついそういうことが頭に浮かぶ自分を

なだめて、買う。

 

帰宅して潜水艦ブログ更新。

私はなんでブログ2つもやってんの?

どんだけ書きたいんだ。

まったくどんだけ書きたいんだか。

ただこうせずにはいられない。

 

そんで、ちゃっかり載せる。

motokoblog.com

 

きゅうりとキャベツの浅漬けが食べたかったけれど

エバラ浅漬けの素昆布だし、がなかったので

明日作ろう。

夏に読みたい本を探す

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先日、本屋で↑これらをもらってきた。

夏だなー。

 

ちなみに新潮文庫のキャラ(紙飛行機に乗ってるやつ)は「キュンタ」というそうです。

カドフェスの表紙の犬は「HAKKENKUN」と書いてありました。

ふーん。

 

新潮文庫の100冊」では

・恋する本

・シビレル本

・考える本

・ヤバイ本

・泣ける本

の5カテゴリーで本を紹介。

 

気になったのは【考える本】から

「この世にたやすい仕事はない」津村記久子

 

津村さんは芥川賞取ってた、はず。

 

13ページの抜粋があります。

そうだ私は暇だ。

この仕事は暇なのだ。

 

暇な仕事ってどんなんでしょうか?

1年を通して、比較的ヒマな時期というのはあるでしょう。

でもそういうニュアンスではない。

今のところ、

シネコンに押されてお客の来ない映画館の受付、

くらいしか浮かびません。

いや、暇というのは「刺激がない」という意味かもしれない。

もういいから読めよ。

 

「笑えて泣ける異色のお仕事小説!」だそうです。

私には大変気になる一冊です。

 

 

あとは、角川文庫の

「スケルトン・キー」道尾秀介

 

サスペンスです。

道尾秀介は気になってるのに、

いつも他のを読んじゃって後回しになってる。

「担当者の推しポイント!」が興味をそそる。

帰省の際に持っていこう。

これだけ持っていけば、これしか読まないはずだから。

 

じゃ、とりあえず2冊決定。